ハイデルベルグ信仰問答 第10問

第10問 神はこのような不従順と背反を罰しないで見逃そうとなさるのでしょうか?

答え いいえ、決して。神は人間の生まれながらの罪にも現行罪にも、激しく怒っておられます。神はこれらの罪を正しい裁きによって、この世においても永遠にも罰せずにはおられません。神は語っておられます。「律法の書に書かれている全てのことを絶えず守らない者は皆、呪われる。」

 

「あべこべの心」と「腐敗した本性」が考える第二の救いの可能性は、神が律法の要求を引き下げてくださらないなら、せめて神が罰しないで見逃してくれないかということです。
神は「生まれながらの罪」にも現行罪にも激しく怒っておられます。
前者は、アダムにおいて私たちが犯した罪で、後者はここから由来し今日も私たちが犯す罪のことです。

『ウェストミンスター小教理問答』は、「人が堕落した状態の罪性とは、アダムの最初の罪の咎と、原義の欠如と普通に原罪と言われる全性質の腐敗と、これから生じるすべての現行罪にある(第18問)」といっています。

 

『そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。』(ローマ1:24-25)

『なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。』(ローマ1:19-20)

これは一般啓示のことです。
神の啓示されたご意志に対して拒否的反応しかせず、神の怒りを招いているといっています。ローマ書2章では、心に記された律法に対してこれに違反していることを良心が証ししているといわれています(ローマ2:15)。

人間は一般啓示、自然啓示を通して啓示される神のご意志に対して、創造主なる神を認識し、賛美し、感謝し、良心に記された神の律法に従って神と人を愛すべき存在でありました。
しかし、人間は一般啓示に対し、阻止的、心理抑圧的に応答し、裁きを招いているのです。
ただし、一般啓示は弁解の余地を封じることしかしません。
ですから、救いはイエスキリストによる特別啓示によってのみ可能となります。

呪いという言葉は、祝福の反対語です。
神のご意志に服従することは、命と祝福であり、不服従は死と滅びです。神のご意志に反逆することが、人間の悲惨の原因なのです。
不信心は、創造主としての神を正しく認識し、礼拝し、賛美と感謝をささげることをしない宗教的不敬虔の罪であり、不義は神の律法を遵守しない道徳的不義を意味しています。

神は罪に対して怒り給います。
人間は罪を大目に見て、これを水に流そうとします。
一方、神は罪に怒り、罪を裁き、罪びとを罰したもうのです。

『また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように』ヘブライ9:27。

 

神はこれらの罪を正しい裁きによって、この世においても、永遠にも、罰せずにはおられません。

この世においても、すでに神の裁きがあります。
ローマ書1章の「まかせられた」「渡された」などの表現がそれを示しているのではないでしょうか。
悪人の繁栄というのも実は神の裁きなのです。

引用文献:ハイデルベルグ信仰問答講義、春名純人